ハッチャンの「大正区で沖縄三昧」

◆ 1月17日 午前5時46分



今年もこの日、この時間がやってきた。





阪神大震災。





もう、16年にもなるんですね。






土曜日、「住まいの耐震セミナー」に行ってきました。

その中で、東田せつ子さんによる被災体験談が非常に印象深かった。

語り部として後世に地震の怖さや備えを伝えていく。

f0238779_11482962.jpg


f0238779_11485282.jpg


f0238779_11491636.jpg


f0238779_11494241.jpg


f0238779_11495632.jpg






まさしく、「天災は忘れた頃にやってくる」






被害の恐ろしさは、忘れた頃に再びやってくるので、

いつ地震や台風がやってきてもいいように、

日ごろの用心を忘れてはいけないという、いましめの言葉です。

このことわざは、比較的、新しいもので、

物理学者であり文学者でもあった寺田寅彦のことわざ、言葉です。







NHKの「歴史は眠らない」沖縄・日本400年のあとに引き続き、

「地震列島・日本の教訓」が1月4日から始まっている。

その第1回目の放送内容は、「過ちを後世に伝えよ」だった。






安政南海地震、旧暦安政元年11月5日(1854年12月24日)午後4時

紀伊半島沖マグニチュード8.4の地震が発生。

死者が数千人、滅失家屋が数万棟。

地震後の津波の高さが4~10mもあった。







この安政南海地震の石碑がなんと、

大正橋にあることをこの番組で初めて知った。






大正橋の東詰めにこの「大地震両川口津浪記碑」が建っている。

f0238779_11503458.jpg


f0238779_11512215.jpg


f0238779_11514225.jpg







この頃の大阪は、運河が張り巡らされており、

地震が起ったときは川に浮かべた船に乗るのが一番安全だという噂が広がり、

多くの人が船に乗ったところへ、海から河口をさかのぼり大津波が押し寄せ、

船に乗った人を飲み込み、多くの人が亡くなった。

犠牲者を悼むと共に、こういった誤った避難方法や被害の実態や教訓を伝承する

のがこの石碑です。






この石碑の存在自体は、ずっと以前から知ってはいましたが、

まさか地震に関わる石碑とは全く思ってもいなかった。






沖縄情報のつながりから、またひとつ大正区を深く知るきっかけに

なったことは、なにかの縁を感ぜざるを得ない思いです。
by hacchannt | 2011-01-17 12:14 | ★日々の出来事 | Comments(0)